「ずっと安心」に向けて。 小さな、確実な一歩。

高度急性期と生活を繋ぐ。
聖霊病院が選んだ、新たな一歩が始まる。

聖霊病院

聖霊病院では、平成28年10月〈患者支援プロジェクト〉が立ち上がった。
これは、従来、地域医療連携センターが担っていた、
患者の入退院への支援機能を、多職種チームでさらに強化するもの。
平成29年4月には、患者支援室・連携事務室・医療福祉相談室が誕生した。


高度急性期を脱した
患者の受け入れに看護の視点を活かす。

301065聖霊病院の佐藤智子看護師は、同院・患者支援プロジェクト・患者支援室の一員である。彼女の主業務は、病病連携(病院と病院の連携)における入院コーディネートだ。
例えば、連携先の一つである名古屋第二赤十字病院(以下、八事日赤)から患者紹介があった場合、まずは同院の当該診療科の医師に連絡がある。そこで情報交換がなされ、医師が受入可能と判断すると、八事日赤は、その紹介患者の治療情報である電子カルテを同院に開示する。「そのカルテを確認し、実際にどう受け入れていくか、病棟看護師に繋ぐのが私の役割です」と佐藤は言う。Plus顔写真_佐藤さん
カルテ確認のポイントはあるのだろうか。佐藤は「患者さんは、高度急性期の治療直後で、まだ濃密な医学的管理を必要とします。その方々を、当院は急性期病床で受け入れ、ずっと在宅復帰までをフォローする。そのためには、どこまでケアが必要か、日常生活動作はどのレベルか、そして、家庭背景など、看護の視点からアセスメント(評価)をします」と言う。
その上で、佐藤が大切にしているのは、転院前に患者の家族とできるだけ面談を行うことだ。理由は2つある。「一つは、患者さんの病状と、それに対するご家族の認識が異なる場合が多々あります。前の病院で説明があっても、正確に理解できていないのかもしれません。『どこまで回復したら、お家で介護できますか?』『もし寝たきりになったら、どうされますか?』言いにくいことですが、きちんとお話しして一緒に考えさせていただきます。もう一つは、大病院から中小病院に転院して大Plus顔写真_春原先生丈夫だろうか…、という不安を解いて差し上げる。転院先で顔を知っている職員が一人でもいたら、それだけでも不安が小さくなると思うんです」。
患者支援プロジェクトの全体を纏めるのが、副院長の春原(すのはら)晶代医師だ。春原の役回りは、基盤固め。高度急性期病院の医師たちと顔が見える関係づくりを進める。「病病連携では、相互理解が大切です。当院側でいうと、体制、能力、要望、限界点などを正しく知っていただきたい。もちろん、高度急性期病院側のお話もお聞きする。その情報を院内各署にフィードバックし、医師や職員の意識を揃える。いわばインターフェイスとして、連携基盤の整備に努めています」と言う。


患者のQOLの向上。
その視線を大切にする病院づくりをめざす。

聖霊病院が主な診療圏とする名古屋市昭和区・瑞穂区には、高度急性期医療を提供する大規模病院が3つある。こういうと、医療がとても充実している地域に思いがちだが、そうとばかりはいえない。なぜなら今日の医療制度において、高度急性期病院は、その名のとおり高度な急性期の専門医療の提供に特化しなくてはならず、病気の経過を時間軸でずっと診ることができないからだ。そのため、高度急性期以外の領域を担う病院との連携が必要となるが、実はそうした病院が、これらの地域には絶対的に足らない。

他方、聖霊病院だが、以前は特定の診療科では、高度急性期病院と肩を並べた診療展開が可能だった。だが、慢性的な医師不足が続くなか、最早、専門医療だけに徹することは難しい。併せて、地域の医療事情を考えたとき、前述のように、急性期機能を持ちつつ、高度急性期と在宅を繋ぐ病院が不足している。

地域の事情と病院の事情。この2つを見つめて、聖霊病院は自院のあり方を見直し、大きな方向転換を選択。地域にとって、真に必要な病院に生まれ変わる決断をしたのだ。現在は、院内のコンセンサスを固めることに全力を注いでいる。
「当院の役割は、高度急性期から途切れることなく治療を繋ぎ、そして、在宅復帰に向けての道筋をつけること。となると、治療だけではなく、QOL(生活の質)の向上への視点が不可欠です。本来は多領域・多職種301039の目が必要ですが、まずはその第一歩として看護師の視点を活かしています」と春原は言い、こう続ける。「現在は限られた診療科を中心に、病病連携が進んでいますが、今後は全診療科に広げていきたいですね。さらに、当院を退院する患者さんを引き継いでくださる、在宅医療・介護領域の方々との連携拡充も必要です。こうした一連の活動を、病院改革の一つのあり方としてとらえ、私たち患者支援プロジェクトは動き始めています」。


 

column

コラム

●〈患者支援プロジェクト〉は、森下剛久院長の声がけでスタートした。すなわち、「停滞している聖霊病院を、地域に真に必要な病院に作り変えよう」という熱い思い。その旗印として、プロジェクトチームが動き出したのだ。

●そのときのポイントとなるのが、アセスメント能力の高い看護師の登用である。それは医師不足を単に看護師で補うという意味ではなく、看護師だからこその視点や発想が、今後の医療には不可欠だからだ。

●そうしたなか、同院では、リソース、つまり専門的、且つ、熟練した知識と技術を持つ看護師の育成にも力を入れようと考えている。そのための育成プログラムづくりも、プロジェクト活動の延長線上に入っているのだ。

●それは、能力を有する看護師が、看護師として思う存分働ける環境整備の一つ。地域とともに歩み続ける病院として、職員にも魅力ある病院づくりが念頭にある。

 

backstage

バックステージ

中小病院に迫られる大きな
選択と決断に立ち向かう。

●2つの違う組織が、一つの病院のように繋がることの難しさを、今、聖霊病院は体感している。患者を受け取る側の同院が、急性期機能を活かしつつ、在宅生活までも視野に置き、QOL(生活の質)を高めるための継続的な医療を提供する。それは同院が、これまで歩んできた道とは大きく異なる。

●そのためには、院内の医療提供の仕組みを変える必要があるが、鍵を握るのは、職員たちの意識だ。病院がどう変わるのかを正しく理解し、それに必要な自らの行動を組み立てていかなくてはならない。今回紹介した患者支援プロジェクトの行動が、職員たちには一つの指針となるのではないだろうか。

●選択と決断は、医師不足が続く中小病院の多くが直面する課題だ。さまざまな院内事情により、聖霊病院のような決断に踏み切れないケースも多い。聖霊病院の病院改革がより円滑に進み、地域住民にとって、本当に医療が充実した地域となることを願う。

 

認定看護師から
専門看護師へ、
キャリアを磨き続ける理由。

中村啓子(看護師長・がん看護専門看護師&がん化学療法看護認定看護師)/JCHO中京病院 外来化学療法室・採血点滴室


看護師は、生涯学び続ける職業である。

最新の医療知識を吸収しながら、日々、臨床現場の実践を積み重ね、看護の知識と技術を高め続けていくことが求められる。
その<学び続ける看護師>を、まさに体現するような看護師に出会った。
中京病院の中村啓子である。彼女は何を求め、自らのキャリアを高みへと引き上げているのだろうか。


がんとともに生きる患者の生活の質を高めるために
理論的にアプローチしていく。

患者や家族の思いに、あきらめることなくどこまでも応えたい。そんな決意で日々看護に勤しむのは、がん看護専門看護師とがん化学療法看護認定看護師という2つの資格を持つ中村啓子(外来化学療法室・採血点滴室 看護師長)である。
たとえば抗がん剤の治療で辛い症状が出た場合、中村は「我慢してください」とは断じて言わない。患者の生活や症状、家族の心情などを総合的に考え、薬剤の処方だけでなく、生活面の工夫なども取り入れて、いろいろな角度から副作用を和らげる方法を模索する。対処が困難な状況でも「何か方法がないか調べてきます」と答え、宿題を持ち帰る。
こうした中村の粘り強いアプローチは、認定看護師から専門看護師へと学びを深めてきたキャリアから生まれたものといえるだろう。まず、中村ががん化学療法看護の道に進んだのは平成17年。それ以前、中村は、28病棟(血液科、眼科)に勤務し、主に血液がん患者の看護に携わっていた。当時は今ほど副作用を軽減する薬もなく、患者は辛い症状と厳しい生活制限に耐えていた。「入院中は、好きな食べ物も好きなことも我慢しなければならないことが多くなる。もう少し個々の患者さんの楽しみに配慮できないだろうか」。そう考えた中村は、化学療法看護を基礎から学び直す決心をしたのだ。
資格取得後、中村は、できたばかりの外来化学療法室に配属され、認定看護師教育機関で学んできた専門知識をいかんなく発揮していった。が、数年後、再びステップアップの転機が訪れる。「化学療法中だけでなく、がんと診断されたときから手術や放射線治療、終末期までを含めた一連の過Plus顔写真程にずっと寄り添い支援し続けたい、という思いがでてきたんです。そのためには、がん看護全般を学ばなくてはならないと考えました」。平成22年、中村は三重大学大学院医学系研究科に進学。同院で働きながら、3年間で、がん看護の体系的な知識をマスターした。「放射線療法看護、緩和ケアなど幅広い領域にわたり、エビデンス(科学的根拠)のある看護理論を学びました。それまでは化学療法看護の狭い範囲で看てきましたが、もう少し大局的な見地から患者さんのQOL(生活の質)を考え、エビデンスに基づいた個別性のある援助ができるようになりました」と自信を深める。その幅広い知識の土台があるからこそ、冒頭で紹介したように、中村は患者の抱える問題に、多彩な角度から切り込めるのである。

認知症になっても穏やかに過ごせるケアを
病院全体で実践したい。

小幡志津 認知症看護認定看護師トヨタ記念病院

正常だった脳の働きが低下し、さまざまな精神症状や徘徊、暴言などの行動をもたらす認知症。
その認知症をケアするスペシャリストが、トヨタ記念病院にいる。
認知症看護認定看護師の小幡志津である。
主疾患の治療を使命とする高度急性期病院で、
認知症の人の心に寄り添う看護を展開する彼女の姿を追った。

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キュアとケアを両輪にして、慢性心不全に立ち向かう。
見つめるのは、〈生活〉

蓑島啓太地方独立行政法人 岐阜県総合医療センター

蓑島(みのしま)啓太は、慢性心不全看護認定看護師。
増悪を繰り返すたびに低下する心機能を抱え生きる患者に寄り添い、
心不全増悪因子の評価やモニタリング、病態に応じた生活調整など、
患者のセルフケア能力を支え高める、心不全ケアの専門家である。

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