みんなで幸せに老いていくために、いま考えたい「看護」という課題。

「天使とは、苦悩するモノのために闘う者である」この言葉に看護の原点を見つけた。
「自分の子どもを放っておいて何が小児救急だ」と思い悩むこともあった。
 日本で今、就職難で困っている人も、みんな看護師になればいいのに。
 病気にフォーカスするのではなく、病気を持って生きている人を看る。
 声にならない声をどう聞くのか。それが私たち看護師の神髄です。
 私の使命は、「家に帰りたい」という願いを叶えること。

 

2025年、団塊の世代が75歳となり、65歳以上の高齢者も全人口の30%を超えるといわれる。みんなで幸せに老いていくために、私たちが必要とする医療は、今のままで良いのだろうか。もしかすると、多くの人が老いとともに生きていく社会では、これまでとは違う医療を必要とするのではないだろうか。今回のLINKEDでは、私たちが経験したことのない高齢社会の医療を、「看護」という視点から考えてみたい。
看護行為の対象は、患者の疾患ではなく、症状やそれによってもたらされる生活の質である。看護行為のベースにエビデンス(科学的根拠)を持ち、観察し、評価し、実践を繰り返す。看護には中断や終了がなく、継続性を重視する。上記は、LINKED編集部が取材中に出会った多くの看護師たちから感じたものである。この問題意識から今回の編集制作は始まった。


私たちが抱いていた「看護」は本当に看護だったのか?

LINKED編集部は、これまで地域医療を見つめるなか、多くの看護師に取材し、その働く姿を『LINKED-Plusシアワセをつなぐ仕事』で紹介してきた(詳しくはWebマガジンを参照されたい)。それらの取材を通して、「認定看護師」という資格を持つ人たちとの出会いを持つ。認定看護師とは、専門分野における一定の実務経験を経て、その分野における専門性をより深く教育された看護師たちだ。彼女・彼たちには、看護についての考え方に一定の共通項がある。一つは、看護行為の対象が、患者の疾患ではなく、症状やそれによってもたらされる生活の質である点。二つには、看護行為のベースにエビデンス(科学的根拠)を持ち、患者の症状を観察し、評価し、適切な看護実践を繰り返す点。そして、三つには、看護には中断や終了がなく、継続性を重視するという点だ。こうした認定看護師たちに接したとき、私たちはこれまで抱いていた看護師像とは違うモノを強く感じた。ではその違うモノとは何か。これまでの医療にはなかった新たな動きとして、その違いを、しっかりと見つめる必要があるのではないか。今回のLINKEDは、そんな疑問からスタートしたい。全体のナビゲーター役は、愛知県看護協会の中井加代子会長にお願いした。

「認定看護師とは」認定看護師は、日本看護協会が運営する資格認定制度の資格の一つ。特定の看護分野(現在、21分野)において、熟練した看護技術と知識を用いて、専門性の高い看護実践のできる看護師を指す。
「中井加代子」という人医療機関・行政・養成学校での勤務を経て、現職。看護をさまざまな視点から見つめる一方、医師をはじめ他職種との対話に注力。物事を対立関係で捉えない柔軟なバランス感覚を持つ。聡明さに裏打ちされた親しみやすい穏やかな言葉のなかで、時折見せる頑固さは、看護にかける彼女の熱い思いといえよう。

そもそも「看護」とは何だろう?

では、原点に戻りたい。そもそも看護とは何だろう? 中井会長に話を聞いた。「看護とは何かというと、1860年、フローレンス・ナイチンゲールが著した『看護覚え書』にさかのぼります。このなかに、“看護とは患者の生命力の消耗を最小にするように、暖かさや清潔さ、適切な食事などのすべてを整えること”と書かれています。私はこの一言が核心を突いていると思います。疾患を診る医師に対し、看護師は症状を重視します。看護とは、いかに患者さんの生命力の消耗を抑え、安楽にいられるかを考え、援助することではないでしょうか」。 一方、看護師の職業を規定する法律である保健師助産師看護師法(以下、保助看法)によると、看護師は「傷病者もしくは出産後の女性に対する療養上の世話、または診療の補助を行う者」と定められている。この言葉だけを読むと、看護師は入院患者のお世話をして、医師を補助するアシスタントのように解釈できる。患者の生命力の消耗を最小にするという看護の原点に立てば、「保助看法の言葉は少し違和感がある」と中井会長は言う。「療養上の世話と言っても、単なるお世話ではありません。患者さんを観察し、根拠に基づいた技術を使うことで、患者さんそれぞれに応じた援助を行っていきます。どの看護技術にも、なぜそのように行うのか?といった、エビデンスがあります。たとえば胃がムカムカしている患者さんを安楽に導くには、どういう体位でどのような援助をすれば良いか、ということが看護学のなかで研究されているんですね。食事の介助方法などについても同様です。そういう知識を持って援助を実践できるのが看護師です」。中井会長はさらにこう続ける。「診療の補助という面では、看護師は医師の指示によって、患者さんに一部の医行為を実施します。でもそれは、医師と同じ側に立って行うのではありません。診療の場面で、医師と看護師と患者さんがいるとすれば、看護師は患者さんのそばにいて医師と相対しているイメージです。その上で、医師の指示に従い、患者さんの個別性を意識しながら、治療によって起こる身体反応への支援やリスク管理も含め、診療を受ける患者さんを援助していくわけですね。つまり、医行為の一部は担いますが、それは医師の補助ではなく、看護なんです」。保助看法では、あたかも二つの違う行為のように表現されている「療養上の世話」と「診療の補助」。なかでも「診療の補助」は、これまで一般的に「診療を行う医師の補助」と解釈されている。だが、診療の補助における「補助」の対象を、医師ではなく患者であるという見方に立つならば、ナイチンゲールが記した看護の本質とまさに合致する。すなわち、看護とは、医師の行う医行為とは別のアプローチである。ここまで考えてみると、前述の「認定看護師たちから感じた、これまでにはなかった新しい動き」という言葉を訂正したい。決して新しい動きではなく、まさに、認定看護師たちが示しているモノこそが、本来の看護だと。


育てる環境は、整っているのか。

では、そうした「看護」は、認定看護師だから持っているものなのか? 「それは違います」と中井会長は言う。「認定看護師は、看護師の継続教育の一つのカタチであり、看護を領域ごとに専門性を追求したものです。その教育課程で、改めて看護師の役割を明確にして再教育を受けたものが、認定看護師だと思います。いわば看護師のキャリア形成の一環なのです。認定看護師のあり方が“新しい動き”と感じられるとしたら、それは看護師自身の問題かもしれません。また、看護師を取り巻くさまざまな問題、具体的に言うと、看護教育や働く環境が影響を与えているのではないでしょうか」。ではその問題とはなんだろうか。まずは、看護師の教育という観点から整理したい。看護教育は、養成学校や大学で学ぶ「基礎教育」と、実際に医療を提供する場である臨床での「継続教育」がある。この教育について、中井会長は「基礎教育と初期の継続教育では、急性期をしっかり意識すべき」という意見を持つ。「学校で看護のすべてを教えることはできません。だとすれば、技術の部分は、私はまず急性期からだと思うんです。学校で急性期の看護をきちんと学び、就職してからも最初のうちは急性期を経験し、理解する。そうすれば、そこから看護師たちのキャリアステージが枝分かれしていき、将来、回復期や療養期、在宅など、どんなステージへ行っても応用できるようになります」。こういった目線から、「基礎教育」を見てみよう。看護師の基礎教育は3年制の専門学校から4年制の大学へと移行しつつある。だが、教育期間が1年間増えても理論学習にその多くが取られ、技術トレーニングはあくまでも基本に留まる。輝かしい夢と可能性を抱いて、新人看護師たちは医療機関へ就職する。しかし、ひとたび臨床に出ると、学校で学んだ理論・基本技術と、臨床で要求されるモノとを結びつけることの苦しみを味わうことになる。もちろんほとんどの看護師は、それを乗り越え進んでいくが、一部には挫折してしまう新人もいる。そういった人材を救う方法はないのだろうか。名古屋第一赤十字病院の坂之上ひとみ副院長(看護部長兼務)は語る。「わかりやすい例で言うと、新人看護師は実際の患者さんに注射をした経験は少ないです。そのため患者さんを対象とした場合の対応や実践方法を、改めて教え直すことになります。本来、臨床は患者さんと家族に看護を提供する場。そのために用意されたマンパワーで、教育を担っている。そこに今の看護教育の歪みを感じます。臨床では教育に多くの時間を割いています。一方で新人の側から見ると、一生懸命やろうとしても、要求されることと、現実に自分ができることのギャップが大きく、メンタル面でダメージを受けてしまうこともあります。新人にとっても、教える側にとっても、最初の数年をいかに乗り越えるかが、大きな勝負どころとなります」。
こうした看護教育での問題点は、「学校はあくまでも基本技術を教えるところです。でも、臨床に出ると、患者さんの状態は一人ひとり異なります。その個別性に対応するには、基本を応用することが必要ですが、それは直ぐにはできません。どちらも限られた時間のなかで一生懸命なのですが、それぞれの教育をリンクさせる時間的余裕も、マンパワーも、枠組みもない。それが大きな原因かと思います」と中井会長は語る。看護師の基礎教育と継続教育の隙間を、少しでも改善しようとする動きがないわけではない。まずは、「学校教育と臨床の乖離を埋めるための具体的な方策が必要」だと語るのは、名古屋大学医学部附属病院の三浦昌子副病院長(看護部長兼務)である。「臨床に出る前のシミュレーション教育を充実させれば、新人は少し自信を持って看護師としての第一歩が踏み出せます。そのために私たちは今、名古屋大学・保健学科と協同でクリティカル(重大な、危機的な)場面において、卒前と卒後を繋ぐ教育プログラムの開発に取り組んでいます。この教育プログラムは、シミュレーショントレーニングで、フィジカルアセスメント(実際に患者の体に触れ、患者の症状を分析すること)能力と確実な技術の修得に力点を置き、日々の臨床で遭遇する急変場面で、患者さんの命を救える看護師の育成をめざしています」。こうした取り組みは大きな意味をもつ。今後、クリティカルな場面だけではなく、他の状況に応じても、また、地域医療全体へと利用が拡大することを期待する。


取り巻く環境は、充分といえるのか。

新人看護師が一人前になるには、仕事をしながら学んでいかねばならない。そこで重要になるのが、その環境が整っているかどうかという問題である。看護師の職場は実に多忙である。たとえば、重症患者が入院する急性期病棟では、看護師はほぼ一日中、走り回るようにして入院患者の看護に追われる。体温や血圧などのチェック、薬の準備や点滴、検査室・手術室への移動の手配、食事の介助など、看護師に課せられる業務は非常に多い。また、24時間患者を看ることから、二交代、三交代といった勤務形態が採られており、夜勤回数が月に8~10回というケースも多々ある。加えて、女性看護師の場合は、結婚・出産・育児という時期をどう乗り越えるかにも課題がある。豊橋市民病院の菱田由紀子看護局長は語る。「近年は看護師の育児休暇、子育て期間中の短時間勤務、夜勤免除などの制度も整ってきました。でも、臨床の看護師の人数に限りのあるなか、そういった福利厚生制度の完全導入に踏み切れない病院もあります。夜勤なしの短時間勤務という看護師が増えると、それ以外の看護師に負担がかかってしまう。その兼ね合いで悩む病院が多いのではないでしょうか」。 9時-5時の勤務で働き、休日には家族と趣味を楽しんだり、団欒する。また、育児や子育て期間は仕事を休む。そうした一般的には認められている私たちのライフスタイルに比べ、看護という仕事は過酷といわざるを得ない。改善の兆しは、出てきた。医療機関において、看護師の多忙な職場環境、業務負担を少しでも軽減し、医療機関の教育担当者にも新人看護師にも余裕を持たせようとする試みだ。名古屋第二赤十字病院の片岡笑美子副院長(看護部長兼務)はこう話す。「患者さんの一番身近にいる看護師が薬の管理や服用、食事に関すること、保清に関すること、検査やリハビリテーション室への患者さんの移動など、あらゆることを行ってきたんですね。でも、チーム医療が進むなかで臨床薬剤師の病棟配置が始まり、リハビリテーションスタッフも積極的に病棟業務に関わるようになってきました。今後も患者さんが安心して医療が受けられるように、他職種との連携を一層深め、役割分担を進めていきたいと考えています。また、看護助手の教育にも力を入れ、患者さんの療養上のお世話ができるようにしていきたいと考えています」。教育、環境。そこに横たわるさまざまな問題を解決しつつ、新人看護師がストレスなく臨床に順応できる教育プログラムや、看護師がキャリアを高めながら長く働ける体制が整えば、物事は解決の方向に向かう。だが、そうした体制はまだ整っていない。看護師の継続教育に対する公的なバックアップは少なく、個々の医療機関の自助努力(マンパワー・時間・コスト)によって支えられているのが現状だ。
こうした問題から生じる離職という現実が、看護師不足というカタチになって医療機関にのしかかる。その隙をついて、営利を目的とした人材紹介ビジネスも介在する。もちろん、真摯に転職希望者をサポートする優良な会社も少なくないが、なかには待遇面だけを強調し、安易な転職を促す会社もある。各都道府県には看護協会が知事の指定を受けて運営するナースセンターがあり、無料で看護師の職業紹介をしているが、人材紹介会社の場合、医療機関は当然有料となる。手数料は年収の20%程度が相場で、たとえば、年収400万円の看護師を紹介され採用した医療機関は、約80万円を紹介会社に支払う仕組みになっている。その費用は、ただでさえ厳しい医療機関の経営を圧迫する。こうした実態を、人材紹介会社を利用する看護師自身もよくわかっていないのが実情だ。看護教育の重要性への理解と認識が低い人材紹介会社が、給与面や福利厚生面をことさら強調して看護師たちに誘導をかけた結果、安易な転職を選び、それが原因で自らのキャリア形成を歪めてしまうような事態が散見される。看護師としてのスタート地点、そして、働き始めてから。さらに、認定看護をはじめとした専門性を磨く時期。そのいずれもが、看護師にとって充分な環境とは言い難い。


幸せに老いていくために、私たちは何を望むのか。

高齢社会において、医療は今のままで良いのか、看護を通して考える。これが今回のテーマであった。結論を出す前に、もう一度、中井会長に登場していただこう。
「病気になったら誰でも最高の医療を受けたいと思いますよね。でも、地域によって医療格差もあり、みんなが理想の医療を享受できるわけではありません。だから、すべての人がある一定レベルの水準といいますか、最低保障レベルの医療・看護を、継続的に受け続けられること、そして、それにみんなが満足できることが大切だと思います」。若い世代が多くを占める社会では、病気やケガをしても短期間で治療を終え、早期に社会復帰する人が多かった。そこでは先進医療や高度医療を追求すれば良かった。しかし、今後もそのままで良いのだろうか。常に何かしらの病気を抱えた高齢者が大勢いるこれからの社会では、スポット的な医行為だけでなく、長い時間軸で患者を支えることが必要となる。そのとき、看護師こそ大きな役割を担っていくのではないだろうか。「病気とともに生きていく高齢者がたくさんいる社会で求められるのは、おそらく“治す医療”だけではないでしょう。もちろん、適切な医行為を受けることができる環境を整備することは重要です。でも、その一方で、より日常的に必要とされるものは、患者さんのQOL(生活の質)を高めるために何ができるかを考えた、“支える医療”ではないでしょうか。私たち看護師はその意味を深く考え、一人ひとりが本来の看護を実践する、また、自らの看護の質を高めていく自己研鑽の姿勢が求められます」と中井会長は語る。高齢期を迎えたとき、私たちを支えてくれる人、その人を作り出し支援するシステムに対して、私たち自身がどこまで当事者意識を持って考えているだろうか。今、問われているのは、私たち自身の覚悟である。それは、高齢社会での私たちの幸せを、私たち自身が考え、決めることに他ならない。最後に、読者に尋ねよう。高齢社会でのあなたの幸せとは何ですか?

すべての看護師の皆さんに告ぐ

LINKEDでは平成25年1月に「みんなで幸せに老いていくために。いま考えたい看護という課題」と題して、高齢社会の医療を「看護」という視点から考えた。
今回はその第二弾である。超高齢社会に向けて、医療の仕組みや地域社会のあり方は変わっていかねばならない。
そのなかで、みんなが幸せに老いていく社会を実現する鍵を握る看護について考えていきたい。
この機会に、読者の皆さんに看護について理解を深めていただくとともに、読者のなかにいる現役看護師の皆さん、資格は持っているものの、今は休職中の看護師の皆さんにも、ぜひ読んでいただきたいと思う。
全体のナビゲーター役は、前回と同様、愛知県看護協会の中井加代子会長にお願いした。

 


暮らしが変わる。医療も変わる。

 読者は、「地域包括ケアシステム」という言葉を聞いたことはあるだろうか。これは、国が進めている社会保障と税の一体改革において「超高齢社会のあり方」を示すもの。医療・介護、介護予防、福祉などのサービスが、30分以内で駆けつけられる日常生活圏域で、一体的に提供できるような地域づくりをめざしている。私たちは誰もが老いる。そのとき、住み慣れた町で、住まいで、生活や医療に必要なサポートを気兼ねなく利用しながら、最期まで穏やかに暮らすことができたら、これほど幸せな人生はないだろう。そんな支援の行き届いた地域社会づくりをめざし、今、この国は大きく動き出している。
この背景には、高齢化に伴い医療費が急増している問題がある。65歳以上の人口は、2025年には全体の3割強になり、2055年には約4割に達するといわれる。医療を必要とする人が爆発的に増えるのに対し、現状のままでは、医療保険財政の赤字は膨らむ一方だ。この財政危機を乗り越えるために、国は2年ごとの診療報酬(※)改定で、医療体制の見直しを促しており、平成26年度の診療報酬改定では、より明確に「病院(入院)から在宅(患者の自宅もしくは施設)へ」のシフトが打ち出された。急性期病床が約36万床と膨れあがってる現状を再編。病床の機能(高度急性期・亜急性期・回復期・慢性期入院)を明確に分けるとともに、在宅医療、外来医療を充実させ、超高齢社会に即した医療体制を整えていく方向にある。

※医療の公定価格で、医療機関にとって収入の構造を決めるもの。



 

在宅のキーパーソンは誰か。


国が、医療体制を大きく転換し、地域包括ケアシステムを構築する目途としているのは、団塊の世代が後期高齢者になる2025年である。その近未来の地域社会では、年齢を重ねて何らかの病を抱えるようになっても、必要なサポートを受けながら在宅で暮らしていけるという。しかし、果たしてそんな地域社会の仕組みが、わずか10年余りで本当に実現するのだろうか。
これまでは、医療というと、病院における入院治療に重点が置かれた。病院のなかでは、すべての医療サービスが揃っており、一元的に提供する体制が整えられており、患者は必要な治療やケアを病院に委ねていれば良かった。しかし在宅では、地域に点在するさまざまなサービスを、患者の自宅や施設へ集めてこなくてはならない。しかも、患者をめぐる住まいや地域の環境は決して恵まれているとはいえない。核家族化の進展により、高齢者の夫婦二人暮らし、一人暮らしが急増するとともに、古き良き日本にあった近所づきあいは年々希薄化している。家族や近隣者のサポートを期待できないなかで、身体が弱り、一日の大半を寝て過ごすようになったとき、誰が様子を見にきてくれるだろうか。深夜、病状が急変したとき、誰に相談できるのだろうか。
そんな不安を、中井会長にぶつけてみた。「その不安は実にその通りだと思います。今はまだ、地域包括ケアシステムという概念ができたところ。その中味を作っていくのはこれからです。そのとき、やはり患者さんに最も近い所で生活を援助し、必要なサポートを集めてくるキーパーソンが必要です。そして、その役割を担うのは、看護師が最も適しています」。なぜ、看護師なのだろうか。「それは、看護師がもともと<生活>のなかから生まれた職業だからです。看護師の成り立ちを振り返ると、明治・大正時代にさかのぼります。その当時、看護師は派出看護婦、家庭看護婦などと呼ばれ、ご自宅に出向いて、個人の患者さんの生活環境を整え、健康管理をするのが仕事でした。病院ではなく、患者さんの生活空間のなかで、一対一で健康と生活を支えるのが看護師の役割だったわけです」。
なるほど、看護師はもともと生活の場で活躍していたというが、その役割は今は介護職に引き継がれたようにも思えるのだが…。「介護という言葉は非常に新しく生まれた言葉で、看護の役割の一部が分化していったものです。そもそも法律で定められた看護師の役割には、<療養上の世話>と<診療の補助>という二つがありますが、歴史的にみると、このうち、<療養上の世話>から分かれていったものが介護職。<診療の補助>から派生していったものが、リハビリテーションスタッフや臨床検査技師など、いわゆるコメディカルスタッフの職種であり、今ではそれぞれの専門性が高められています。看護師は介護職と違い、療養上の世話をしながら、診療を助けるための観察やアセスメント(判断や分析)をします。<療養上の世話>と<診療の補助>という二つの領域にまたがり、患者さんをケアするのは、看護師をおいて他にありません」。
看護の本質は、ナイチンゲールが示している通り、いかに患者の生命力の消耗を抑え、安楽にいられるかを考え、援助することにある。患者の命を守り、人間としての尊厳を守りながら、穏やかに生活していけるようにサポートしていく看護師。医師が在宅医療のリーダーだとすれば、看護師は医療・介護を含めた「生活の質」を高めるキーパーソンなのである。


患者に必要なサポートをつなぐ力。

では、生活の場で、看護師はどんな機能を果たしていくべきか。中井会長は「必要に応じて、医療の担い手である医師をはじめとする医療職と、生活支援の担い手である介護職などをつなぐ機能」を挙げる。在宅療養は多職種のチームプレイで成り立つ。医療分野では医師、看護師、リハビリテーションスタッフ、薬剤師など、介護分野ではケアマネージャー(介護支援専門員)、介護士など、実に多彩なプレイヤーが顔を並べる。「看護師は患者さんの身近にいて、症状を観察し、そこからアセスメントをして、どうすれば生活の質が向上するか考えていきます。そういう技能を持ったスペシャリストだからこそ、その患者さんにどのような援助が必要かを考え、つないでいくことができます」。
在宅療養をする患者の病状は、ずっと安定しているわけではない。例えば、食欲が落ちた、痛みがひどくなった、床ずれができたなど、さまざまな身体的変化が生まれる。看護師がいち早くそういう情報を得て、他職種と共有することができれば、より適切な医療サービス(かかりつけ医の治療、リハビリテーションなど)や介護サービスを患者に提供することができる。また、看取りの時期が近づけば、患者と家族を支え、かかりつけ医と連携し、やすらかな最期までを見守っていくのも看護師である。超高齢社会は、言い換えると「多死社会」である。高齢者を在宅で看取るために、看護師が果たしていくべき役割は大きい。
だがしかし、そういった在宅での看護師像は、私たちが一般的に抱く「医師のかたわらで、医師の指示のもとに血圧を測ったり、注射をしたりする看護師のイメージ」とはかなり違うのも事実だ。「医療の高度化・専門化が進み、看護師のいる場所は入院治療の場が中心になっています。そこでは生活の視点で患者さんを看る、という機会は持ちにくいのです」と中井会長は話す。



 

 

看護師のいる場所。


現在、現役で活躍する看護師の大半は、病院に勤務している。愛知県内のデータによれば、働いている看護師の71%が病院に勤務。診療所を入れると87%、実に9割弱が病院・診療所勤務である(平成24年12月末)。大半の看護師は病院にいて、在宅医療を担う訪問看護師や介護・福祉施設の看護師はほんのひと握りの状態である。
病院勤務の看護師に求められるのは、チーム医療の一員として多職種と連携し、医療と看護を提供することである。また昨今は、医療の高度化・専門化に伴い、より専門性の高い看護が求められるようになった。たとえば急性期病院では、救急看護や集中ケア、脳卒中リハビリテーションなど、さまざまな専門分野に特化した看護師が高度な看護を実践し、患者の早期回復・早期退院をめざしている。
だが一方、前述の「生活の視点で患者を看る機会が持ちにくい」という点について、中井会長は、「若い看護師たちは病院での看護しか経験がなく、患者さんの実際の生活の場を知りません。そのため、退院前・退院後の患者さんの状態が解り難く、病院内での看護の実践においても、生活になかなか思いが至りません」と言う。それでは「患者に寄り添い、患者の生活充足を援助する」という、看護の本質を見失う危険性もはらんでいるのではないだろうか。
「確かに、病院で働く看護師のなかには、<このままでいいのだろうか>という葛藤を抱えた人が大勢いると思います。患者さんの個別性を大事にして、その人の生活を良くするために看護したいと考えても、多忙すぎて診療の補助行為が優先される面もありますから」と中井会長は語る。


二の足を踏む看護師たち。

病院という環境で働くことに慣れた看護師にとって、在宅の現場はどのように映っているのだろうか。「ハードルが高いと感じていると思います。在宅では、たった一人で患者の情報を収集し、アセスメントをして、看護計画を立案、実践したうえで評価しなくてはなりません。病院のチーム医療で働くのとは違い、自信がないとできないし、また、看護師として自律していないと、対等に他の職種と渡り合うこともできません」と中井会長は言う。
自律した看護師とは、自らの判断に従い的確な看護を実践していけるプロフェッショナルだが、病院ではたくさんの看護師がチームを組んで複数の患者を受け持ち、交代しながら24時間看護を提供する。そのなかでチームの責任や成果は問われても、看護師一人ひとりの責任や成果は曖昧になりがちだ。「たとえば、病院では患者さんから<看護師さん>と呼ばれることはあっても、<○○さん>と呼ばれることはほとんどありません。個人が見えないから、個人が成長しないし、自律しにくい状況にあると思います。しかし逆に、目的・目標に向かい、日々、チームで協力しながら仕事を進める能力が身についており、在宅での多職種連携や生活と医療をつなぐ要として、これからの地域包括ケアシステムのなかでの活躍が期待されます」と話す。
また、中井会長は、「地域へ看護師を呼び込もうとする動きも遅れている」と指摘する。地域包括ケアシステムを推進するために、各市区町村に次々と地域包括支援センター(地域の保健・医療・福祉を向上させるために活動する拠点)が設置されている。しかし、この地域包括支援センターには、疾病予防や健康増進を指導する保健師(有看護師資格)、福祉サービスの専門家である社会福祉士、居宅サービス計画を立てるケアマネージャーはいるが、在宅療養の要を担う看護師は配置されていない。「こうした拠点にもっと看護師を配置し、地域包括ケアシステムの中味を作る作業に参画するようにしなくては、看護師を在宅へシフトする大きな流れは作れないのではないでしょうか。高齢者の命と生活を守る看護師は、介護・福祉の専門家に対しても貴重な助言ができると思います」。



 

看護師たちよ、〈生活〉に帰ろう。


平成26年度診療報酬改定で、病院(入院)から在宅(患者の自宅もしくは施設)へのシフトが明確に打ち出された。看護師を手厚く配置する、急性期病院の要件が厳格化され、急性期病床が大幅に絞り込まれる。それに伴い、看護師の余剰人員が生まれ、看護師を在宅へ移行する流れが想定される。しかし、看護師の力を活かす環境が整わなくては、看護師を在宅へ促すことはできない。それどころか、病院を辞めた看護師を、単に潜在化させるだけに終わる恐れもある。
「病院から在宅へという大きな流れのなかで、生活の視点に立って患者さんを支えていく看護師を育てると同時に、決して看護師を潜在化させない、地域での看護師の就労支援やキャリア支援の仕組みを作っていかなければなりません。それらを率先して取り組むべきなのは、やはり私たち看護協会だと自覚しています。看護師一人ひとりが、自らの新しい可能性に、果敢に挑戦し続けられる環境を整備し支援していくことを、看護職能団体としての重要なコンセプトに加え、取り組んでいきたいと思います。例えば、愛知県の委託を受けて運営しているナースセンター(※1)についても、職業斡旋という狭い枠組みから脱し、これからは地域へ出て行き、二次医療圏(※2)ごとに、必要とされる場所へ、必要とされる看護師を充足させていく仕組みづくりに、積極的に関わっていくことが必要だと考えています」と中井会長は今後の構想を熱く語る。
看護師のキャリアアップの方法として、認定看護師、専門看護師の制度があり、さまざまな領域・分野で専門性を発揮している。なかでも、訪問看護認定看護師は、地域包括ケアシステムのなかでリーダーシップを発揮し、「生活の質」を高める役割を務めてくれるだろう。
但し、看護協会がこうした事業を展開するには、財源やマンパワーが必要だ。医療の整備を進める都道府県、地域包括ケアシステムを運営する市区町村が中心となり、看護力の活用に目を向け、支援していくことが望まれる。
こうした体制づくりが整ったと仮定して、最後の決め手になるのは、看護師一人ひとりが「在宅に進む決意と覚悟」を持つかどうかである。中井会長は語る。「病院勤務から在宅へ進むことは、<生活の場>という看護本来の場所に帰ることです。そこには患者さんと一対一でじっくり向き合える看護の喜びがあり、本質的な看護を実践できる環境があります。学生時代、そして、病院のなかで学んだことをベースに、在宅医療に関わる。暮らしのなかで活躍する看護師が増えることで、看護師に対する社会の評価も上がっていくのではないでしょうか」。
「生活に帰ろう」とは、単に在宅だけをめざそうという意味ではない。病院においても、看護を実践するために、それはとても重要な視点である。最後に看護師のあなたに問いかけたい。
あなたが、看護師になりたいと思った原点は何ですか。
そして、看護師として、本当にやりたいのはどんな看護ですか。

※1「看護師等の人材確保の促進に関する法律」に基づき設置された拠点。47都道府県に一つずつナースセンターがあり、看護師の就労支援などを行っている。
※2病床の整備を図るために都道府県が定めた地域区分。この地域単位で医療機関が連携し、医療サービスを完結させることをめざす。

看護師というと、どんなイメージを持つだろうか。
病院の中にいて、患者のベッドサイドにやさしく寄り添う。そんな姿ではないだろうか。
しかし、ここにきて、そのイメージが大きく変わろうとしている。
〈患者〉が療養する場が、病院から在宅へとシフトし、看護師の働く場所が地域へ広がりつつあるのだ。
こうした社会の変化、医療の変化において、これからの看護師にはどんな役割が求められていくのか、また、地域で働く看護師を増やしていくにはどうすればいいのか、考えていきたい。
全体のナビゲーター役は、愛知県看護協会の鈴木正子会長にお願いした。

 

 

病院から在宅へ、療養の場が変わる。

これからは、療養の場が病院から在宅に広がる。その動きの背景には、国による医療政策がある。すなわち、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる2025年をめどに、国は高齢化で増え続ける医療費を抑えるため、病床の削減と平均在院日数の短縮化を図る一方で、在宅医療を拡充。病院で療養するのではなく、積極的な治療が終わった後は速やかに退院し、自宅や介護施設・福祉施設(以下、施設と表記)で、生活しながら療養していくような体制づくりを進めているのだ。
それは言葉を換えると〈地域全体が病院になる〉ということ。病院で積極的な治療を終えた患者は、自宅や施設のベッドで、必要な医療を受けながら療養を続ける。いわば、そこが患者の〈病室〉となる。医師や看護師は、病室である患者宅や施設に出向き、必要に応じて治療や看護を行うのだ。実際、フランスではそうした発想に基づく〈在宅入院制度(※)〉を世界に先駆けて導入し、医療必要度の高い患者を在宅生活にソフトランディング(軟着陸)させ、質の高い在宅支援を行っている。

※フランスの在宅入院制度は、患者の自宅を病院の病室とみなし、多職種連携体制により、在宅療養する患者を支える仕組み。


看護師は生活の質を高めるキーパーソン。

超高齢社会における在宅(施設を含む)療養で必要とされるのは、どんな医療だろうか。急性期病院で提供されるのは、病気の完治を目的とした〈治す〉医療である。しかし、在宅では、治すことよりも〈支える〉医療が大切になる。なぜなら、対象は、何らかの病気を持ち、その病気を上手にコントロールしながら、穏やかに生活していこうとする高齢の患者と家族。その思いに応え、患者の病状を悪化させず、良好な状態を維持できるように支援することが、求められるからだ。
そうした在宅療養を支えるキーパーソンとして期待されるのが、〈看護師〉である。なぜだろうか。愛知県看護協会の鈴木正子会長に話を聞いた。「第一に、看護師が、もともと〈生活の場〉から生まれた職業だからだと思います。日本における看護師は、明治・大正時代に生まれました。当時、看護師は派出看護婦、家庭看護婦などと呼ばれ、患者の家に出向いて、健康管理を行うのが仕事でした。いわば、訪問看護師こそ、看護師のルーツだったわけですね」。今では病院という非日常空間で行う看護が一般的だと思われているが、実は日常空間のなかにこそ、看護師の原点がある。



また、鈴木会長は、「第二に、チーム医療を束ねる〈要〉としても、看護師は在宅療養に欠かせない存在」だと言う。「在宅医療・介護の現場では、病院と同じようにチーム体制が組まれ、医師、看護師、薬剤師、リハビリテーションスタッフ、ヘルパーなど、在宅医療・介護に関わる多職種が連携し、長期にわたって患者を支えていきます。その多職種連携の要となり、必要な医療・介護サービスをコーディネートする適任者は、やはり看護師だと思います。なぜなら、看護師は〈療養上の世話〉と〈診療の補助〉の二つの領域に携わり、患者さんを支えていく唯一の職業だからです」。
〈療養上の世話〉と〈診療の補助〉は、そもそも法律で定められた看護師の役割。療養上の世話とは、単なる身の回りの世話ではなく、患者を観察し、アセスメント(判断や分析)をして、適切な援助を行うこと。診療の補助とは、患者の個別性を意識しながら、医師の指示に従って医行為を行い、治療によって起こるリスク管理も含めて、患者を援助していくことを指す。療養と、そこで行われる医療の両面をカバーする看護師だからこそ、多職種を繋ぎ、医療・介護サービスを繋ぐ役割を果たせるのだ。では、在宅での看護師の活躍フィールドはどこにあるのか。代表的な事例を紹介しよう。


 

訪問看護師は在宅療養の最前線を担う。地域の訪問看護ステーションなどに所属し、利用者宅を定期的に訪問。たとえ医療必要度が高くても、患者と家族が安心して在宅療養を続けられるように、かかりつけ医の指示のもと、点滴や注射、傷や床ずれの処置、栄養管理、呼吸管理などを行う。さらに、患者の病状と暮らしのアセスメントをして、必要な医療・介護サービスを患者に繋ぐとともに、病状が悪化したときは、入院治療が必要かどうかを、かかりつけ医とともに判断する役割を担う。そして終末期には、看取りをも含め、最期まで生活の質を保てるように援助していく。
訪問看護師は現在、全国に約3万4,000人。在宅での看取りまでを考えると、現在の4〜5倍、約15万人に増やす必要があるといわれている。


 

退院支援・調整は、入院患者の退院後の療養生活を考え、適切な退院先(病院や施設)を確保したり、自宅に戻る場合に必要な医療・介護サービスの継続と活用を支援する業務。決して病院の都合で早期退院を促すのではなく、あくまでも患者を安心の在宅生活へ導くことが目的となる。もともと退院支援・調整は、院内の医療ソーシャルワーカーが、社会福祉の立場から関わってきた。しかし、医療必要度が残る状態で退院し、病気とともに生きていく患者を支援するには、医療・介護の知識が必要となる。そのため近年は、医療ソーシャルワーカーと連携して退院支援・調整を行う看護師を、専従で配置する急性期病院が急増している。退院支援・調整看護師は、病院の看護を在宅の看護へ繋ぎ、患者に切れ目のない連続性のある看護を提供していく。


 

ケアマネジャー(介護支援専門員)は、在宅療養における多職種協働の医療・介護サービスの全体をマネジメント(管理)していく役割を担う。具体的には、利用者と家族の要望をきめ細かく聞き、利用者の療養生活の質の向上と、家族の介護負担の軽減を両立できるような介護プランを作成。適切な医療・介護サービスを組み立てていく。
ケアマネジャーとして活躍する人は、看護領域の出身者(看護師など)と介護領域の出身者(介護福祉士など)が中心となっているが、現在は介護系の人が多い。しかし、今後は病気を抱えながら、在宅で療養生活を続ける高齢者が増えていくことを考えると、医療と療養に精通した看護師がケアマネジャーであることが望ましいが、その数は決して多くなってきていない。


 

介護老人保健施設、介護老人福祉施設、有料老人ホーム、軽費老人ホーム(ケアハウス)、グループホームなど、さまざまな施設で生活する高齢者たち。そのなかにも、日常的に看護師のサポートを必要とする人が増加している。そのため、看護師が常駐して利用者の健康管理や看護、衛生上の管理指導などを行う施設が増えている。とくに介護老人福祉施設や有料老人ホームなどでは医師が常駐していないため、利用者が急変したときに適切に対応するなど、看護師が果たす役割は大きい。
なお、日本の施設では介護スタッフが中心となって利用者の生活を援助し、看護師の配置人数は限られている。しかし、欧米諸国では、看護師が中心になって高齢者や障害者のケアに従事するナーシングホーム(高齢者福祉施設)が普及している。



地域で働く看護師、キーワードは〈自立〉。

看護師の養成数は、養成教育機関の政策的な増加により増えている。それに伴って、訪問看護師やケアマネジャーなど、地域で活動する看護師(以下、地域の看護師と表記)たちは、少しずつ増加していくことであろう。ただ、人数だけを揃えれば事足りるわけではなく、地域の看護師には高い看護実践能力が求められる。
では、地域の看護師にはどんな能力が求められるのだろうか。「キーワードは、〈自立〉だと思います。自分を律する〈自律〉という意味も含めて、看護専門職として自分で意思決定できる能力が必要です」と鈴木会長は語る。確かに、在宅では看護師が一人で患者と向き合い、判断する場面が多くなる。そうしたとき、病院ではすぐそばに医師をはじめ、多様な医療スタッフがいて相談することができるが、生活の場ではそうはいかない。患者それぞれの病状や生活環境の違いに応じて、フレキシブルに判断し、自分の裁量で医師をはじめとする多職種へと繋いだり、看護を行っていくことが重要となる。



自立した看護師を増やすには、看護の基礎教育において〈在宅看護〉をしっかり指導するとともに、卒業後の教育体制を見直す必要があるだろう。従来、看護師の継続教育は、個々の病院が担っていた。そこでは、急性期病院なら急性期の看護に特化した教育が、回復期リハビリテーション病院なら回復期の看護に必要な知識と技術の習得が中心となる。それに加えて、地域で活動する看護師としての教育も、行うことはできないだろうか。二次医療圏(※)内にある自院とは異なる領域の病院、また、訪問看護ステーションなどで、ある程度期間を決めて経験を積み、自分の専門性と自立を高めていくような教育プログラムだ。そして各病院や施設で行う教育を繋ぎ、地域全体の教育プログラムに昇華させていく。鈴木会長は「それは素晴らしいと思います」とうなずき、次のように続けた。「社会は今、多様なシーンで看護師を必要としています。そうした社会のニーズに合わせて、看護師たちが自分のキャリアを設計できるような継続教育システムができれば理想的ですね」。

※二次医療圏とは、地域ごとに入院ベッドがどれだけ必要かを考慮して決められる医療の地域圏。手術や救急などの一般的な医療を地域で完結することをめざしている。愛知県の二次医療圏は12圏域ある。


地域の看護師のキャリア形成を支援する。

地域の看護師の教育と並んで、鈴木会長が重要視するのは、地域の看護師のキャリア形成をバックアップする仕組みと体制づくりである。「病院に勤務する看護師は、病院がさまざまな支援をしています。しかし、病院という大きな組織に属さず、地域で活動する看護師にも、そうした支援体制が必要だと思います」。それを率先して作っていくのは、看護協会の使命になるだろう。「現在、愛知県看護協会では、看護師の研修や就業支援などを目的とした〈ナースセンター〉を、新たに名古屋駅前に開設する支所を含め、名古屋市に2カ所、豊橋市に1カ所有しています。また、協会自体、現在県下に7地区支部を置いていますが、今後は二次医療圏ごとに支部を作ることを視野に入れ、看護師一人ひとりのキャリア形成を支援できればいいと思います。そこで必要な視点は、ワークライフバランスです。なぜなら、看護師には女性が多く、結婚、出産、育児といったライフイベントがあります。なかでも育児をしつつ、それまでと同様に働き続けることは難しく、仕事を辞める看護師が少なくありません。そうではなく地域医療全体で、生活と仕事を両立できる勤務形態を生み出し、そのときどきで職場を異動することにより、キャリアを継続できる仕組みを作っていきたいと思います」。
そのためには、行政をはじめ、地域の医療機関や介護保健・福祉施設、訪問看護ステーションなどが密に連携し、待遇の改善、福利厚生の充実など、地域の看護師が働きやすい支援体制の確立、という課題に取り組むことが必要だ。「そこでは、看護師の職能団体である私たち看護協会が、強いリーダーシップを発揮しなければと自覚しています。その一例として、看護師同士がいつでも情報交換し合える、看護職キャリア形成支援システムを、愛知県看護協会として独自開発することを計画しています」と、鈴木会長は語る。
地域の看護師の教育、そしてキャリア形成の支援に強い意欲を示す看護協会。鈴木会長は「生活者の皆さんには、専門的な看護の価値を〈認め〉、看護師をプロとして〈尊重〉し、活動を〈支援〉してくださることをお願いしたいですね」と言葉を締め括った。



 

超高齢社会において、重要な役割が期待される地域の看護師たち。だが現在、その数は圧倒的に不足しており、それを増やすとなると、地域の看護師を支える環境整備が必要だが、それは一朝一夕にできるものではない。
いわば現在は〈過渡期〉といえるが、そこで重要な役割を果たすべきは、看護師を集中的に抱える急性期病院だろう。すでにいくつかの急性期病院では、褥瘡(じょくそう・床ずれ)・緩和ケア・ストーマ(人工肛門)などの専門領域で高度な知識・技術を持つリソースナース(※)を、地域へと派遣。訪問看護師や施設の看護師を支援したり、訪問看護師に同行して患者を訪ね、高度な看護実践を行うなど、さまざまな側面から在宅看護を支えているのだ。
そうしたリソースナースの活動などを通じ、今の過渡期を何とか乗り越えるとして、本文で紹介した教育プログラムや支援体制の確立を進めていくには、実際、誰がどのように行っていくかが問題となる。たとえば、平成26年の改正医療法に基づき、国は、医療従事者の離職防止や医療安全の確保等を図るため、都道府県医療勤務環境改善支援センターの整備を定めた。そこでは地域の医療機関・団体(医師会、看護協会、病院団体等)、都道府県などが、運営協議会を通して連携するという形が取られている。そこから見えてくるのは、行政を含め単体の組織・団体では、医療従事者に関する問題の解決は困難であり、実際には医療機関を含め〈みんなの総意で支える機能〉が必要という現実だ。LINKEDはさらに加えて、医療機関・団体の活動を横軸で繋ぎ、推進力を与え、且つ、必要な財源を、行政の予算だけに頼るのではなく確保する。こうした側面からの支援活動もまた不可避であると考える。

※リソースは資源、ナースは看護師。二つの単語を組み合わせて、専門性の高い知識・技術を持ち、看護実践を支援する人的資源を「リソースナース」と呼ぶ。

中京病院看護部長 大矢早苗 氏


ダミーの原稿です。読まないでください。看護師、1970年名古屋市立大学看護学校卒業、愛知県健康福祉部医務国保課主幹、愛知県立総合看護専門学校長、公益社団法人愛知県看護協会会長を経て、現在はあんじょう病院看護部長。

 

人々が、それぞれの地域で良質な医療を受けることができ安心して暮らせる地域医療構想の実現や地域包括ケアシステムの構築が進められています。
医療を受ける場は、病状により、高度急性期・急性期・回復期・慢性期の機能をもつ病院、診療所や施設、在宅医療と広がり、そんな中で、看護師の果たすべき役割は益々大きくなっています。特に、患者や利用者に必要なケアを実践し療養生活を支えるためには、それぞれの場の看護師同士が連携するしくみ「看看連携」を推進することが重要となります。
「看看連携」は、例えば、病院の看護師と訪問看護師による退院患者についてのカンファレンス、診療所の看護師と訪問看護師との情報共有、相談等を組織的に行うと共に、職場の違う看護師がお互いの看護の状況を具体的に理解し合い、患者や利用者に必要なケアを予測し、より良い医療を提供していくしくみです。「看看連携」を推進し、看護師同士のネットワークを強化し連携する意識を高めることが、人々の「ずっと安心」の実現につながります。
愛知県ではNPO法人看護の広場による、看護職のネットワークシステムPlatzNurseがスタートしました。看護師の方々が、こうしたネットワークを活用し、益々看護の力を発揮していけることを期待しています。

日本看護協会監事 中井加代子 氏


看護師、1970年名古屋市立大学看護学校卒業、愛知県健康福祉部医務国保課主幹、愛知県立総合看護専門学校長、公益社団法人愛知県看護協会会長を経て、現在は日本看護協会監事、愛知県看護協会監事、NPO法人看護の広場理事長。

 

超高齢社会において、看護職にはどのような活動が求められているのか。
日本看護協会では2015年に、看護の将来ビジョン~いのち・暮らし・尊厳をまもり支える看護~を公表しています。
疾病や傷害の治癒・回復を目的とする医療のみでなく、疾病や障がいがあっても地域の住まいでその人らしく暮らすことができるしくみ、つまり生活を重視する保健・医療・福祉制度への転換が求められている中で、看護職の役割は一層重要性を増しています。看護職は、人々がどのような健康状態であっても、「医療」と「生活の質」の両方の視点から、その人を総合的にみて援助することに専門職としての価値を置いています。これからの社会では、病院等医療機関の中だけでなく、在宅医療・介護の場での看護の提供や連携・調整にも、「医療」と「生活の質」の視点をもつ看護職の力を発揮していく必要があります。そのためには、暮らしの場における看護機能の強化と共に、更なる看護人材の確保や看護職が働き続けられる環境の整備の必要性も提言しています。
また、あらゆる場での看護の質の維持向上のためには看護職間の連携づくりも重要です。愛知県ではNPO法人看護の広場が、看護職間の交流連携のためのシステムPlatzNurseを運用し、看護職がこれからの地域医療に貢献できるよう支援しています。

愛知県看護協会会長 鈴木正子 氏


プロフィール、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、看護師、

 

ダミーの文章です。読まないでください。
今、わが国は世界でも例のない超高齢社会の到来を見据え、社会保障政策は変革に次ぐ変革を続けています。これに呼応し、日本看護協会は、昨年「2025年に向けた看護の挑戦 看護の将来ビジョン〜いのち・暮らし・尊厳をまもり支える看護」を発表し、これからの看護職の活動の方向性、看護の役割・機能を示しました。
当協会でも、昨年秋、「日本看護学会―在宅看護―学術集会」を開催し、国が構築を急ぐ地域包括ケアシステムのキーとなる在宅での看護のあり方に、全国の看護職と共にアプローチしました。そして何よりこのような情勢下で私たち看護職がより充実した活動を行うためには、一人でも多くの方の力が必要です。
「私たち看護職が、そして医療職が果たすべき役割は何か」、このビジョンを明確にするため、会員をはじめ看護職の皆様方の声を聴き、情報の共有を図り、医療関連諸団体と強く連携することで、ミッションを着実に果たし、常に前へ進む協会でありたいと考えています。

渥美病院看護部長 鈴木厚子 氏


ダミーの原稿です。読まないでください。看護師、1970年名古屋市立大学看護学校卒業、愛知県健康福祉部医務国保課主幹、愛知県立総合看護専門学校長、公益社団法人愛知県看護協会会長を経て、現在はあんじょう病院看護部長。

 

人々が、それぞれの地域で良質な医療を受けることができ安心して暮らせる地域医療構想の実現や地域包括ケアシステムの構築が進められています。
医療を受ける場は、病状により、高度急性期・急性期・回復期・慢性期の機能をもつ病院、診療所や施設、在宅医療と広がり、そんな中で、看護師の果たすべき役割は益々大きくなっています。特に、患者や利用者に必要なケアを実践し療養生活を支えるためには、それぞれの場の看護師同士が連携するしくみ「看看連携」を推進することが重要となります。
「看看連携」は、例えば、病院の看護師と訪問看護師による退院患者についてのカンファレンス、診療所の看護師と訪問看護師との情報共有、相談等を組織的に行うと共に、職場の違う看護師がお互いの看護の状況を具体的に理解し合い、患者や利用者に必要なケアを予測し、より良い医療を提供していくしくみです。「看看連携」を推進し、看護師同士のネットワークを強化し連携する意識を高めることが、人々の「ずっと安心」の実現につながります。
愛知県ではNPO法人看護の広場による、看護職のネットワークシステムPlatzNurseがスタートしました。看護師の方々が、こうしたネットワークを活用し、益々看護の力を発揮していけることを期待しています。

中部ろうさい病院看護部長 眞部高子 氏


ダミーの原稿です。読まないでください。看護師、1970年名古屋市立大学看護学校卒業、愛知県健康福祉部医務国保課主幹、愛知県立総合看護専門学校長、公益社団法人愛知県看護協会会長を経て、現在はあんじょう病院看護部長。

 

人々が、それぞれの地域で良質な医療を受けることができ安心して暮らせる地域医療構想の実現や地域包括ケアシステムの構築が進められています。
医療を受ける場は、病状により、高度急性期・急性期・回復期・慢性期の機能をもつ病院、診療所や施設、在宅医療と広がり、そんな中で、看護師の果たすべき役割は益々大きくなっています。特に、患者や利用者に必要なケアを実践し療養生活を支えるためには、それぞれの場の看護師同士が連携するしくみ「看看連携」を推進することが重要となります。
「看看連携」は、例えば、病院の看護師と訪問看護師による退院患者についてのカンファレンス、診療所の看護師と訪問看護師との情報共有、相談等を組織的に行うと共に、職場の違う看護師がお互いの看護の状況を具体的に理解し合い、患者や利用者に必要なケアを予測し、より良い医療を提供していくしくみです。「看看連携」を推進し、看護師同士のネットワークを強化し連携する意識を高めることが、人々の「ずっと安心」の実現につながります。
愛知県ではNPO法人看護の広場による、看護職のネットワークシステムPlatzNurseがスタートしました。看護師の方々が、こうしたネットワークを活用し、益々看護の力を発揮していけることを期待しています。

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